「人間ぎらい」(モリエール)

本作品は喜劇なのか悲劇なのか

「人間ぎらい」
(モリエール/内藤濯訳)新潮文庫

世間知らずの
純真な青年貴族・アルセストは、
誠実すぎるがゆえ、
人間社会の曲がったことを嫌い、
世辞や追従を嫌い、
虚偽に満ちた社交界を嫌う。
そうした一方で彼は、
社交界の悪風に染まった
未亡人・セリメーヌに
恋をしてしまい…。

フランスの劇作家・モリエールの
古典的傑作戯曲です。
筋書きは、このアルセストが
人間社会での調和を失い、
隠遁生活を決意するまでを
描いています。
問題は本作品が
喜劇なのか悲劇なのかということです。

舞台での上演を前提とした
戯曲としては喜劇です。
いたるところに笑いを取る仕掛けが
施されています。
一流の俳優たちが演じたら、
かなり面白い舞台となるはずです。

しかし、これを小説としてとらえ、
アルセストの生き方を考えたとき、
悲劇としか
言いようがないと思うのです。
人間社会に絶望しているのですから。
いや、アルセストが社会を見限ったと
言うよりは、
アルセストが世間から
見放されたとみるべきです。

アルセストの言動は極めて正論です。
しかし、世の中は
良い悪いや嘘か真かで
割り切れるものではないのです。
そのため、正論ではあるものの
過激であるアルセストの言動は、
実社会では受け入れがたいものと
なっているのです。
周囲に自ら敵をつくってしまい、
勝てる裁判にも敗訴してしまいます。

また、アルセストは
虚礼や世辞を極端に嫌っています。
しかし、人がそれを使うのは
人間関係を円滑にするためであって、
欲得のためばかりではないのです。
自分と他人との距離を推し量り、
摩擦を生じさせないように
潤滑油を差し込む。
私たちは無意識のうちに
それを行っているはずです。

本作品が発表されたのは1666年。
なんと今から350年前。
作者モリエールは当時、
現実にはありえない滑稽な人物として
アルセストを
設定したのかもしれませんが、
現代ではいたって
珍しくなくなりました。
他人との距離を意識できずに
ずけずけとものを言い、
周囲から浮いてしまう。
そんな子どもが
年々目立つようになってきています。
難しい時代になってきました。

そんなことはさておき、本作品は、
初めて戯曲を味わうには
もってこいの一冊だと思います。
三一致の法則(劇中の時間で
一日のうちに(「時の単一」)、
一つの場所で(「場の単一」)、
一つの行為だけが
完結する(「筋の一致」)べきであるという
劇作上の制約)が遵守された
わかりやすい形式だからです。
中学校2年生にお薦めします。

(2020.7.16)

Christos GiakkasによるPixabayからの画像

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